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東京地方裁判所 昭和55年(特わ)173号 判決

主文

被告人宮永幸久を懲役一年に、同大島經利及び同香椎英一を各懲役八月にそれぞれ処する。

被告人らに対し未決勾留日数中各三〇日をそれぞれその刑に算入する。

理由

(被告人らの経歴及び被告人大島の職務)

被告人宮永幸久は、昭和二六年一二月警察予備隊に一等警察士として入隊し、昭和四九年五月一八日陸将補として陸上自衛隊を停年退職したのち、昭和五〇年三月家庭用電気器具の販売修理等を営む株式会社ミヤデンを設立し、その代表取締役をしているものであるが、陸上自衛隊に在職中、長期間にわたり、資料隊調査科第一班長、中央資料隊第一科長、陸上幕僚監部(以下「陸幕」という。)第二部国外班、情報計画班、収集班第四係、収集班第一係長、情報班総括係長、中央資料隊第二科長、陸幕第二部情報第一班長等として国外の軍事情報、軍事資料の収集、整理等の職務に従事していたもの、被告人大島經利は、昭和二五年一〇月二等警査として警察予備隊に入隊し、昭和五一年一月一六日陸上自衛隊中央資料隊本部企画班所属のまま陸幕第二部情報第一班に派遣され、昭和五三年一月三〇日防衛及び警備の実施に必要な資料及び情報の収集整理、配布の実施等を所掌事務とする陸幕調査部調査第二課勤務を命じられ、調査第二班の資料担当として、文書の接受、記録、整理、配布等の職務に従事し、秘密保全責任者補助者の指定を受けて、調査第二班の保管する秘密文書等の保管、破棄等の事務を行っていたもの、被告人香椎英一は、昭和二七年一二月二等保査として保安隊に入隊し、昭和三八年三月一五日から陸上自衛隊中央資料隊に勤務し、昭和四九年七月一六日から中央資料隊本部企画班運用訓練係長をしていたものである。

(犯行に至る経緯)

被告人宮永は、自衛隊を退職したのちは、ロシヤ語等の知識を活かして、ソヴィエト社会主義共和国連邦(以下「ソ連」という。)との貿易を営む商社に就職したいと考えていたが、ソ連関係の情報収集の職務に長期間従事した経歴から、ソ連側に右就職を妨害されることを危惧し、ソ連側の反応を確めるために、停年を間近にひかえた昭和四八年一二月在日ソ連大使館付武官を訪問したことを契機として、同武官と親しくなり、自衛隊を退職したのちも同武官との接触を続けるうち、同武官から中華人民共和国(以下「中国」という。)に関する軍事情報の提供を求められるようになった。同被告人は、自衛隊に在職中、情報関係の職務に従事した期間が長かったため、情報の収集活動に強い関心を抱き、退職後も情報活動を行いたいと考えていたうえ、中国に関する軍事情報をソ連に正しく伝えることが、両国の軍事衝突を未然に防止することに役立ち、ひいてはわが国の安全に寄与するとの独自の国防観を抱いていたこともあって、同武官の要求に応じ、昭和五〇年末ころから、新聞や中国関係の公刊資料にコメントを付するなどして渡していたが、間もなく同武官から報酬として現金の供与を受けるようになり、さらに同武官から公刊資料でない価値の高い資料を要求されるや、これを了承し、昭和五二年一月ころから、かつて同被告人が中央資料隊に勤務していた当時その直属の部下であった被告人香椎に働きかけて、中央資料隊保管の資料の提供を受けるようになり、昭和五三年三月ころからは、被告人香椎を通じて、同じくかつての部下であった被告人大島に働きかけ、さらに昭和五四年二月下旬ころからは、被告人香椎を通じるほかに、自ら直接被告人大島に働きかけて、被告人大島の勤務する陸幕調査部調査第二課調査第二班保管の資料の提供を受けるようになり、在日ソ連大使館付武官にこれらの資料を交付していた。被告人大島、同香椎は、退職時は陸将補の要職にあり、信頼していたかつての上司の依頼であるうえ、資料提供の報酬として現金を供与されたことなどから、右資料が被告人宮永を通じソ連側に渡されているかもしれないと思いつつも、被告人宮永に依頼されるまま資料提供を続けていた。

(罪となるべき事実)

第一  被告人宮永は、大島から同人が職務上知ることのできた秘密を入手しようと企て、昭和五四年八月三〇日午後六時四〇分すぎころ、東京都千代田区神田駿河台四丁目三番地付近の路上において、同人に対し、「君のところには、中国軍の兵力編成、配置等に関する資料があるだろう。その資料を是非入手してくれ。九月二六日にはなんとか頼む。」などと申し向けて、同人が勤務する陸幕調査部調査第二課調査第二班保管の秘密資料の提供方をしょうようし、よって同人に右提供を決意せしめ、もって同人が職務上知ることのできた秘密を漏らすことを教唆した。

第二  被告人大島は、前第一記載の宮永の教唆に基づき、同年九月二六日午後七時すぎころ、同都千代田区神田駿河台四丁目六番地付近の路上において、自己が職務上入手した前記調査第二班保管の陸幕調査部調査第二課長が「秘」の指定をした秘密文書である軍事情報月報昭和五三年八月号中の別紙第二、同第三、同第四及び同第五(いずれも中国地上軍の兵力配置に関する一覧表又は右兵力配置を図示した地図)の各写計四点を、秘密であることを知りながら、宮永に交付してその内容を知らせ、もって職務上知ることのできた秘密を漏らした。

第三  被告人宮永は、さらに大島から同人が職務上知ることのできた秘密を入手しようと企て、昭和五四年一一月二六日ころ、被告人香椎に対し、「次は一二月六日に会おう。いつものような資料を頼む。中国の海軍、空軍の資料があったらいいんだが。」などと電話連絡してその協力を求めたところ、同被告人は直ちにこれを承諾し、ここに被告人宮永、同香椎は、共謀のうえ、被告人香椎において、同月二八日ころ、同都港区赤坂九丁目七番四五号防衛庁檜町庁舎内の陸幕調査部当直室において、大島に対し、「一二月六日に宮永さんに会うので、軍事情報月報や外務省の公電、公信などをなんとか手に入れて渡してくれ。」などと申し向けて、前記調査第二班保管の秘密資料の提供方をしょうようし、よって同人に右提供を決意せしめ、もって同人が職務上知ることのできた秘密を漏らすことを教唆した。

第四  被告人大島は、前第三記載の宮永及び香椎の教唆に基づき、同年一二月四日ころ、前記防衛庁檜町庁舎内の前記調査第二班事務室において、自己が職務上入手した同班保管の陸幕調査部調査第二課長が「秘」の指定をした秘密文書である軍事情報月報昭和五四年七月号(ソ連地上軍の兵力配置、装備に関する事項を掲載したもの)、同年九月号(ソ連地上軍の補給所要量等に関する事項を掲載したもの)、同年九月号別冊(ソ連地上軍の部隊運用等に関する事項を掲載したもの)及び防衛庁防衛局調査第二課長が「秘」の指定をした秘密文書である公電四通、公信一通(いずれもわが国の在中国大使が中国の国内政策、国外政策の動向等について説明を加えて外務大臣宛てに報告したもの)の計八点を、秘密であることを知りながら、香椎に交付してその内容を知らせ、もって職務上知ることのできた秘密を漏らした

ものである。

(証拠の標目)《省略》

(法令の適用)

被告人宮永の判示第一の所為は自衛隊法一一八条二項、一項一号、五九条一項に、被告人宮永、同香椎の判示第三の各所為はいずれも刑法六〇条、自衛隊法一一八条二項、一項一号、五九条一項に、被告人大島の判示第二、第四の各所為はいずれも同法一一八条一項一号、五九条一項に各該当するところ、所定刑中いずれも懲役刑を選択し、被告人宮永の判示第一及び第三の各罪、同大島の判示第二及び第四の各罪はいずれも刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により被告人宮永については犯情の重い判示第三の、同大島については犯情の重い判示第四の罪の刑にそれぞれ法定の加重をした刑期の範囲内で、被告人香椎についてはその所定刑期の範囲内で、被告人宮永を懲役一年に、同大島、同香椎を各懲役八月にそれぞれ処し、被告人らに対し同法二一条を適用して未決勾留日数中各三〇日をそれぞれその刑に算入することとする。

(量刑の理由)

被告人らの本件犯行は、自衛隊の元幹部であった被告人宮永が、ソ連のための情報収集活動の一環として、自らあるいは現職自衛官である被告人香椎とともに、同じく現職自衛官である被告人大島に働きかけ、秘密を漏えいさせたというものであって、犯行に至る経緯、犯行の動機、目的、態様、それによって関係諸機関のほか国民全般に与えた影響の重大さ等に鑑みると、被告人らの刑責はきわめて重大である。

とくに、被告人宮永は、長年陸上自衛隊に勤務して情報収集等の職務に従事し、陸将補にまで昇進した身でありながら、在日ソ連大使館付武官の情報収集活動に引き込まれ、かつての上司という立場を利用して現職自衛官である被告香椎、同大島に働きかけて秘密資料を入手し、これを同武官に提供していたものであって、本件のいわば元凶とも目されるべきものであるうえに、右のような行為に出た動機がすべて私利私欲に基づくものとは認められないとしても、自らの個人的好奇心と独善的な独自の国防観に端を発する行為であり、しかも、その報酬として、約四年の間に自ら供述するだけでも合計約三一〇万円の金員の供与を受けているのであって(そのうち約一三五万円を被告人香椎、同大島に供与)、その動機、目的、犯行の態様において酌量すべき余地は認められない。

被告人大島は、秘密文書等を直接取扱う職務に従事し、秘密保全責任者補助者として秘密の保全に努めるべき地位にありながら、その職責を忘れ、秘密文書又はその写を持ち出して被告人宮永、同香椎に交付したものであり、被告人香椎は、被告人大島に働きかけて秘密資料の持ち出しをしょうようしたものであって、いずれもかつての上司である被告人宮永の依頼によるものとはいえ、現金の供与を受け(被告人大島は合計約五〇万円、被告人香椎は合計約八五万円)、その秘密がソ連側に漏らされるかもしれないと思いながらも、資料の提供を続け、本件犯行に至ったものであり、現職の自衛官としてあるまじき、自覚に欠けた重大な犯行というほかはない。

以上のことを考慮すると、本件公訴にかかる軍事情報月報、公電、公信は、いずれも「秘」の指定をされたもので、「機密」又は「極秘」に属するものではなく、その秘密性がとりわけ高度のものであったとは認められないこと、右秘密資料はいずれも被告人宮永又は同香椎のもとから押収され、その秘密がソ連側に漏らされたと認めるべき証拠はないこと、被告人らは、いずれも本件犯行を率直に認め、反省の情が認められること、とくに被告人大島、同香椎は、本件に関与するまでは自衛官として良好な勤務成績をおさめ、被告人大島は准陸尉に、被告人香椎は二等陸尉に昇進していたにもかかわらず、本件の結果いずれも三〇年近く勤めた自衛隊を懲戒免職となり、今後の生活の基盤をすべて失うに至ったことなど被告人らに有利な諸事情を斟酌しても、被告人宮永を懲役一年、被告人大島、同香椎を各懲役八月の実刑に処するのが相当である。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 神垣英郎 裁判官 江藤正也 三好幹夫)

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